頭痛の種

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似鳥鶏「彼女の色に届くまで」ーー『才能』についての話

 

彼女の色に届くまで

彼女の色に届くまで

 
 

彼女は、天才画家にして名探偵。

彼女に出会ったその日から、僕の人生は変わった。

絵画で謎を解き明かしながら僕は知る、その喜びと苦しみを。

 

 「市立高校シリーズ」や「動物園ミステリーシリーズ」などでおなじみの似鳥鶏の単行本最新作。

 似鳥鶏作品ということで一筋縄ではいかないと思っていたけど、青春ミステリというアオリを見て読んだら良い意味で裏切られた。そんな感じでした。

 

 

 物語は、簡単にいえば「絵を描くこと」だけがとりえの画商の息子、緑川が、天才的な絵画の才能を持った謎多き女子高生千坂桜と出会い、絵画にまつわるさまざまな謎を解決していく、という話。

 

 これだけ聞くと、多くの人が少年少女の甘酸っぱい青春ストーリー、若者の瑞々しい一瞬を描いた物語、みたいな印象を受けると思いますが、どちらかというと「夢を追う若者」の話として読んだ方がいいかもしれません。そしてなにより、「才能とはなにか?」を描いた作品であると思います。

 

 

青春アートミステリ

 

 まず、絵画がモチーフになった作品ということで、随所に絵画の名作や巨匠の雑学が散りばめられ、毎回の事件解決には実在する絵画がきっかけになるのがおもしろい(それらの絵画のカラー口絵も収録というこだわりっぷり)。

 

 構成は連作短編という形をとっていて、基本的には一話完結としてトリックなどは鮮やかに解き明かされますが、少しの違和感(主に動機面)にひっかかりが残され、それらがクライマックスにて…という風になっています。後述しますが、このクライマックスシーンがとてもよかったのです。

 

もちろん変人ばかり

 また、おなじみの似鳥節も健在。プロローグでは、緑川の絵画に対する思いについて独白から始まり、いつも軽妙な語り口では鳴りを潜めていたので、おや?と思ったのですが、第一章からは早速変人の同級生が登場、雑学、訳注を使ったも小ネタが炸裂してました。

 緑川くんの親友の風戸は自らの筋肉を愛し、その筋肉美を見せつけるかのように制服のシャツをはだけさせている男ときてます(あだ名は「はだけ」)。しかも情に厚く、緑川くんと千坂さんの一番の理解者。なんていいやつなんだ。

 

 ヒロインに当たる千坂桜も、登場時は「黒髪」で「どこか儚げ」とった典型的な謎めいた女の子といった感じだったんですが、後半に進むにつれて、「生活能力がない」「人と上手く話せない」といった描写が増え、謎めいた、というよりは「困ったちゃん」みたいな趣が強くなってきます。

 

彼らを結ぶもの

 そして何よりこの作品について特筆したいのは、主人公の緑川くんと千坂さん、このふたりのなんとも微妙な関係性と、そのふたりを結んでいるものがなにか、というところ。

 

 最初に述べた通り、千坂さんには天才的な絵画の才能があります。そして緑川くんも「描く人」であるがゆえに、彼女の才能を恐強い嫉妬心を抱いてしまう。しかし持前の性格、いやここではあえて性(さが)といった方がいいと思うんですが、そのせいで彼女の面倒を見たり、彼女の活動をサポートすることになります。

 

 そんな二人の不安定な関係性に動きが訪れるのが最終章です。最終章では彼らは成長し、緑川くんは実家の画商を継ぎ、千坂は覆面画家として活動しているのですが(こういった描き方からも、この作品が扱っているのが「青春の一ページ」的なものではないということがわかる)千坂の「ある秘密」が明らかになります。

 

 この秘密というのが、彼女の絵画への想いの根幹にあるようなもので、これが明らかになったことで、彼女はある決意をします。絵を描くことをやめること、そして覆面作家としてのペンネームを緑川に譲ること。

 

 これを聞いた緑川君の心は一瞬揺らぎます。かねてから憧れてきた千坂の作品、一番近くで見続けてきた彼女の成功を自分のものにできる。そして、「ふつうの女の子」になった千坂とずっと一緒にいることもできる。

 しかし、それも一瞬のことでした。

 

僕が一番好きなのはそれなのだ。絵をかくのをやめて、必死で「普通」になろうとする彼女は確かに可愛いのし嬉しいのだが、決定的に輝きが欠けてしまう。それは絶対につまらない。 

 

「無理だって。……千坂。無理だよそれ」

「でも」

「違う違う」掌を上げて待て待てとジェスチャーする。口元が緩むのをこらえられない。「僕じゃなくて千坂が無理なんだ。絶対に無理」

「……何が」

「君が絵を描かなくなることが」

 

 才能に関してのこういった話はもたくさんありますし、こういった場合「才能がある君が好きなんだ」ということは美談として語られることが多いですが、これって作中でも言われている通り、「わりとひどい話」なんですよね。つまりは、「才能がない君には興味がない」ってことだから。

 

 この物語にはこの考えに対し鮮やかに答えを示しています。 

 千坂は「描く人」だから。彼女はそれを捨て去ることはできないし、その限り、緑川君の彼女に対する感情は揺るがないということ。 

 

 そして、このあとの緑川君のおそらく作中一番の長台詞。ここが私はこの物語のクライマックスだと思います。千坂が「描く人」ならば、緑川君はなんなのか?

 彼はずっとが「持っていない人間」であることに苦悩しますが、ここで、彼は彼自身の才能を理解することになるのです。 

 

「持っている人」と「持ってない人」 

 今回で気が付いたんですが、似鳥鶏の描く主人公は、葉山くん*1然り、桃本くん*2然り、自分にいまひとつ自信がない人物が多いような気がします。しかも、周りから見られいる印象とよりも自己評価が下回っている感じの。作中では「持ってる人」「持ってない人」という表現が多用されますが、その言い方を借りれば後者のことです。

 

 ですがこのシーンが示すのは、緑川君にも確かに人とはちがう何かをもっているということ。そして、それはただ単に緑川くんが「持っている人」だったということではないんだと思います。「持っている人」「持ってない人」というボーダーラインは無意味だということ、もっといえば「持ってない人」なんていない、ということではないでしょうか。

 

「……緑くん、悪魔みたい」(略)

「千坂だって悪魔だろ。描くためなら、どんなことでもする」

 

  最後の二人の会話に彼らの関係性があらわれています。彼らが絵のそばで生きる限り、ふたり同士もまた一緒にいつづけるのでしょう。

 

おわりに

 このように、軽やかなタッチで重量感のあるテーマを扱うことに定評のある作者さんですが、今回もとてもデリケートで難しい主題を描いていると思います。

 

 もちろんミステリとしてじゅうぶんに楽しめますし、ふたりの恋愛模様に注目するもよし、絵画の豆知識を知るのもよし、いろいろな楽しみ方がある作品だと思います。

 

 未読の方はぜひ、既読の人はもう一度、読んでみてください!

 

 

 

 

 

*1:市立高校シリーズ

*2:楓ヶ丘動物園シリーズ